名古屋高等裁判所 昭和59年(行コ)10号 判決 1985年3月27日
控訴人
国
右代表者法務大臣
嶋崎均
右指定代理人
岡崎真喜次外七名
被控訴人
佐々一
右訴訟代理人
在間正史
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決中控訴人敗訴部分を取消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文同旨
第二 当事者双方の事実上の主張並びに証拠関係は次に付加するほかは原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する(但し原判決三枚目表八行目の「閲読」、四枚目裏三行目、同六行目、八枚目裏四行目中各「その閲読と閲読のための仮出し」、九枚目表五行目の「閲読」、一三枚目表三行目「仮出し及び閲読」をいずれも「仮下げ」と改める)。
一 被控訴人の主張
1 控訴人の後記1の主張は争う。
(一) 刑訴法三九条一項にいう「身柄の拘束を受けている被告人」とは逮捕・勾留だけでなく他事件で自由刑執行中の刑事被告人を含め、事由のいかんを問わず刑事被告人が身体の拘束を受けている場合全てを指すと解すべきである。
(二) 監獄法三一条、同法施行規則八六条は違憲・無効であり、これに基づく行政処分も違憲・無効である。かりに両規定が厳格な要件を定めているものと解して合憲であるとする立場に立つたとしても、拘禁中の被告人と弁護人との書類の授受たる図書の閲読を制限できるのは当該被告人の逃亡又は罪証の隠滅を防ぐ場合であつて、これ以外の、拘禁の目的に反するとか、紀律の維持に害を与えるといつたことは制限事由となり得ない。
2 同2の主張事実は否認する。
(一) 被控訴人はもとやくざであつたが、そのころはすでに豊橋三虎一家新川組とは義絶していた。そして被控訴人は本件処分のころ、本件傷害事件によつて岐阜刑務所における部落差別を指弾し、裁判所によりその差別を調べてもらい、その差別を撤廃させ、刑務所に教育その他然るべき措置をとらせようとし、これら高次な理想のもとに諸活動に全力を傾注していたもので、控訴人が主張する逃走、報復など低次元のことには関心がなかつた。
(二) 被控訴人は本件処分当時厳正独居拘禁処分に付され、独居拘禁舎房の角の房(二二房)に周囲五房を空にして隔離収容され、その区域を禁区として収容者の立入りが禁止され、専属の看守が付されて他の収容者(掃除夫等)が禁区内に立入るときは、その看守が常に被控訴人の収容房の前に立ち又は房内に入り監視し、被控訴人が収容房から外に連行される場合は、必ず看守二ないし三名が同伴するという拘禁状態であつた。従つて、被控訴人が逃走を計画したり、被害者等に報復をしたり、本件書類の内容を他の受刑者に伝播させる、障害発生の相当程度の蓋然性は存しなかつた。
3 同3の主張は争う。
弁護人との接見交通権は、拘禁されている刑事被告人の防禦活動の中核をなすものであつて最大限に尊重されなければならず、従つて拘禁されている刑事被告人の防禦権行使としての図書閲読の必要性は、拘禁施設側の閲読制限の必要性に優越するというべく、刑務所長としてはかかる判断に基づき比較較量すべき義務があつた。本件は単なる被拘禁者一般の図書閲読の自由から判断すべきものではない。
二 控訴人の主張
1 受刑服役中の者に対する刑訴法三九条の適用について
(一) 確定判決ののち、その懲役刑の服役中に犯した行為により新たに起訴されて被告人としての立場に立つた者に対して、刑訴法三九条一項にいう弁護人との接見交通権が当然に認められるべきかについては若干の疑義がある。即ち、刑訴法三九条一項にいう「身柄の拘束を受けている被告人又は被疑者」とは、同条二項、三項と関連して解釈するならば、当該被告事件又は被疑事件によつて拘束されている場合か、少くとも右の当該事件と余罪関係にある事件で拘束されている場合をいい、それ以外の拘束の場合は含まれないのではないかといつた意見が現に存在するからである。
(二) かりに受刑者に対し刑訴法三九条にいう弁護人との接見交通権が認められるとしても、本来受刑者に適用されるべき監獄法規の適用が全面的に否定されるというものではなく、同条二項も逃亡、罪証の隠滅、又は戒護に支障ある物の授受を防ぐための措置についての法令の存在を予定している。本件書類(原判決添付別紙物件目録記載)も弁護人との接見交通権に基づいて差入れられたものではあるが、受刑者であつた被控訴人が、刑務所内でこれを直接交付を受けて閲読しようとする限り、逃亡、罪証の隠滅、戒護上の観点からその閲読につき制限を定めた監獄法三一条二項、同法施行規則八六条の適用を免れることはできない。
2 本件書類を受刑者に交付閲覧させた場合の危険性について
(一) 被控訴人は、三河地方に勢力を張る三虎一家新川組二代目実子分であり、本件刑務所内から発信した信書にも右肩書を使用し、同所内において本件傷害事件を起した際「このことで不服なら三虎へ乗り込んで来い」などと同所被収容者に発言しているとおり、被控訴人はやくざ組織と関係が深く、一方被害者小椋正雄は、大阪府堺市に本拠をもつ暴力団松井組幹部、李秀雄は三重県四日市市所在の暴力団橋本組組員であつて、これらと友誼若しくは反目関係にある団体所属の組長、幹部クラス約六〇名を同刑務所に収容していることから、差入れられた本件供述調書の内容如何をめぐつて同所内において相互に徒党を組んで新たに紛争を惹起するおそれがあつた。
(二) 当時被控訴人が収容されていた第四舎昼夜独居舎房は、二階建で階上、階下にそれぞれ独居室四〇、雑居室(定員三名)一が設置され、常時満室といつていい程の状況にあつた。同舎房には職員一ないし二名を配置し、昼夜独居拘禁者及び同舎に就業している三ないし四名程度の被拘束者をもつてあてられた舎房衛生夫の警備及び処遇に当らせていた。従つて担当職員は最も重要な在房の有無、動静の把握等の巡回視察が細部まで行き届かないのが実状であり、被控訴人が昼夜独居拘禁の身であるから、或いは担当看守の厳重な監視が行われているからといつて、被控訴人が自ら逃走を計画し、或いは被害者等に対して報復的行為に出る危険性は皆無であり、更には差入書類の内容が他の在監者に伝播する危険性が低かつたとはいえない。独居拘禁に付されていた収容者が刑務所の管理にも拘わらず逃走を計画し、これを実行した事例は岐阜刑務所においてもあり、逃亡というのが厳重な警備警戒にも拘わらずなお行われるものであることを十分考慮すべきである。それに本件での被収容者である被控訴人が長期受刑者であることも加味して前記刑務所の実態に即して判断されるべきである。
3 図書等の閲覧制限と刑務所長の裁量性について
未決拘禁者及び受刑者等に閲読させる図書等の取扱いに関して定められた取扱規程(昭和四一年一二月一三日矯正甲第一三〇七号法務大臣訓令)及び運用通達(同月二〇日矯正甲第一三三〇号矯正局長依命通達)によるとその許可基準は、①身柄の確保を阻害するおそれのないもの、②紀律を害するおそれのないもの、③教化上適当なものとされているが、本件書類中には右①②に抵触するものがあつたので仮下げを不許可としたものであり刑務所長の処分はこれら法令に適合している。ところで右許可基準に該当するや否やの判断は、刑務所が受刑者を集団で管理する施設であるという特質に鑑み、監獄内の実情に通暁し直接その衝にあたる監獄の長による個々の場合の具体的状況のもとにおける裁量的判断にまつべき点が少くないから、障害発生の相当の蓋然性があるとした刑務所長の認定に合理的根拠があり、その防止のために当該制限措置が必要であるとした判断に合理性が認められる限り、刑務所長の右措置は適法として是認すべきものと解される(最高裁大法廷昭和五八年六月二二日判決)。本件における刑務所長の裁量判断は尊重されなければならない。
4 損害の不存在について
本件傷害事件発生から公判手続までの経過、並びに被控訴人の防禦活動の実態に照らせば、被控訴人が本件処分によつて防禦権を十分に行使し得なかつたという状況は認められず、また傷害事件の被害者であつた小椋正雄が昭和五二年一一月七日出所したことその他事情変更があつたため、約一か月余後の同年一一月三〇日に本件処分が撤回され、被控訴人は、同年一二月六日仮下げ許可により本件書類を受取つたこと等に照らしてみると、本件処分によつて被控訴人には何ら権利侵害はなく、損害は発生していないというべきである。
三 証拠<省略>
理由
一当裁判所も、受刑者といえども原則として一般市民としての自由は保障されるべきであり、憲法一九条、二一条の規定の趣旨・目的から、ないしはその派生原理として導かれる意見・知識・情報を知る自由が憲法上のものとして保障されなければならないこと、しかしながら、一方、法によつて認められる監獄拘禁は、犯罪者を拘禁することによつて一般社会から隔離し、再び犯罪を犯すことがないように適切な処遇を施すことがその目的であり、右行刑目的のため、必要やむを得ない措置として一定の範囲で個人の自由を拘束するものであること、従つて、前記知る自由の具体的実現としての差入文書の閲読も公共の利益たる右行刑目的のために一定の制限が加えられることを承認しなければならないこと、しかし右制限は右行刑目的を達するために真に必要と認められる限度にとどめられるべきものであり、閲読を許すことにより、監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があると認められるときで、しかも右制限の程度は右障害発生の防止のために必要かつ合理的な範囲にとどまるべきであること、以上のように解するところ、その理由は、次に付加するほかは原判決一七枚目表五行目から二二枚目裏九行目までの理由記載と同一であるからここにこれを引用する。
1 一般に受刑者が差入文書を監獄内で閲読する場合、受刑者を一般市民の側面で把え、知る自由の実現に対する制限の可否として判断すべきであるが、本件では受刑者たる被控訴人が監獄内で服役中更に犯罪を犯し、公訴を提起されて被告人としての立場をも有するに至つたため、右刑事事件について弁護人との接見交通権の行使としての閲読要求の側面をも有しており、これら両面にわたつてその制限の可否につき判断されなければならない特有の事情が存する。
控訴人は確定判決後受刑中に犯した行為により新たに起訴され、被告人としての立場に立たされた者に対して、刑訴法三九条一項にいう弁護人との接見交通権が当然に認められるべきかについて疑義がある旨主張するが、同条同項にいう「身柄の拘束を受けている被告人」とはいわゆる未決拘禁中だけでなく、広く他の事件で自由刑執行中の被告人をも含むと解するのが相当であるから控訴人の右主張は採用できない。
2 ところで刑訴法三九条二項によると、弁護人との接見交通について法令で被告人の逃亡、罪証の隠滅又は戒護に支障のある物の授受を防ぐため必要な措置を規定することができる旨定められ、弁護人との接見交通に基づく差入文書の閲読についても、これを制限する場合の法令の存在を予定しているところ、右にいう法令としては、文書閲読に関しては、監獄法三一条、同法施行規則八六条が考えられるから、同条に関する限り、制限の根拠法令としては、一般市民の自由に対する文書閲読制限の場合と同一に帰することになる。従つて制限の要件及び程度・範囲は結局において両者とも同一になるのであるが、しかしながら、一般市民の立場での閲読請求は、同一文書であれば特定の者につき許可し、他の者については許可しないとすることは原則としてできないのであつて、たとえ特定の受刑者からの閲読申請であつても、受刑者一般の申請とみてその許否が判断されなければならないから、判断基準としては、自由権に基づく場合は、個々の申請者固有の事情は捨象され専ら文書自体の趣旨・内容によつて判断されるいわゆる対物判断が中心となるのに対し、防禦権に基づく場合は、被告人たる受刑者個人、訴訟主体たる被告人個人についてのみ閲読を許すべきか否かが判断されるのであつて、いわば対人判断が中心となるものと考えられる。更に右自由権が制限された場合の影響は専ら思想上のものとして抽象的不利益として現れるに過ぎないのに対し、防禦権が制限されると刑事裁判上直ちに具体的な不利益となつて現実化することが明らかであるといえるから、事情如何によつて後者の法益が前者に優越する場合も十分予想されるところである。従つて当該文書を自由権制限の観点から閲読を不許可とするを相当とする場合であつても、更に防禦の必要上当該特定の受刑者個人に限つて閲読させるべきか否かを別の観点から判断しなければならない。結局、受刑者と刑事被告人の両方の立場にある者に対する弁護人からの差入文書の閲読の可否については、それぞれの立場を十分認識し、慎重にこれを決しなければならないものと解するのが相当である。
3 被控訴人は、監獄法三一条、同法施行規則八六条は憲法一九条、二一条で保障された基本的人権を侵すものであり、また同法三一条、三四条、三七条に定める刑事被告人の防禦権、弁護人依頼権を実質上制約するものであるから、もともと違憲・無効のものである旨主張するが、これら規定は前述の要件及び程度・範囲内でのみ制限を許す旨を定めたものと解するのが相当であるから、かかる限定解釈のもとで合憲・有効と解すべく、従つて被控訴人の主張は採用できない。
二そこで以上の観点に立つて、岐阜刑務所長が本件差入文書の仮下げを不許可にしたことが違法であるか否かにつき判断する。
1 まず知る自由に基づく閲読の許否につき判断するに、<証拠>を総合すると、本件差入文書は被控訴人が受刑中の昭和五一年五月二八日岐阜刑務所内において、他の受刑者二名に暴行を加え、よつて同人らにそれぞれ全治約五〜一〇日の打撲傷等の傷害を与えたとの公訴事実に基づく傷害被告事件の検察官取調請求予定の証拠書類二一点(弁護人が事前準備として検察庁において謄写したものの写)であり、その中には岐阜刑務所の建物配置図が添付された実況見分調書、参考人、被害者の供述調書、被告人の身上照会回答書、供述調書等が含まれていること、岐阜刑務所はLB級刑務所で長期刑八年以上の罪にかかる受刑者で改善が困難な者を収容する重要刑務所となつていたところ、当時暴力団関係者が被収容者の三ないし四割を占め、右傷害事件の加害者、被害者とも同様でそれぞれの所属団体と友誼関係にある団体所属の受刑者も多数拘禁されており、右傷害事件の正確かつ詳細な記録を受刑者一般を対象として(被告人の防禦権とは無関係に)閲読を許可すると、右グループ間で新たな緊張・対立感情が発生し、憎悪・報復にまで発展する虞が予想され、また昭和五五年七月一日同刑務所独居房から無期懲役囚が一人、通常の警備の間隙を縫つて逃走した例があつたように、予想を超える方法での逃走の蓋然性は常時存在しており、同刑務所建物配置図の閲読はいたずらな逃走誘発源になりかねないこと、以上の事実が認められる。従つて、右文書の趣旨・内容に照らせば、その閲読が拘禁目的を害し、当該施設の正常な管理運営を阻害し、放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があるとし、右文書全部を不許可とした本件刑務所長の認定・判断は、それが一般市民の知る自由を根拠とし、本件文書を右自由実現のための単なる媒体として閲読する趣旨での申請に対する回答としては、合理的根拠があり、相当として是認すべきものである。
2 しかしながら、被控訴人は受刑者として知る自由実現のためだけでなく、(1)自己の刑事被告事件の防禦のため、(2)更には第一回公判期日(昭和五二年一〇月二五日)前の罪状認否等の正確性を期するための事前打合わせ(同月二二日予定)に備えるため、弁護人との打合わせの必要上閲読を求めたものであることは前記引用にかかる原審認定のとおりである。そして原審における被控訴人本人尋問の結果によると、被控訴人は本件刑事事件につき私選弁護人を選任しており、同弁護人から、面接のみでは犯行の動機並びに被控訴人が主張している部落差別問題は十分に把握できないから、次の面接日(同年一〇月二二日)までによく閲読し、問題点を的確に整理しておくように言われ、同弁護人から本件書類の差入を受けたことが認められる。すると一般に弁護人ある場合にはその必要性はないとしても、本件では被告人から複雑・難解な問題を提起されたため、弁護人において、口頭打合わせでは不十分であり、本件文書の差入れをする必要ありと判断したものであつて、同判断には合理性ありというべく、従つて、被控訴人が右文書を閲読して事前準備をしようとしたことは、刑訴法二九九条一項、刑訴規則一七八条の二、同条の六、二項一・二号、三項一号の規定の趣旨に沿うものであり、その目的自体を不要・不当とすることはできず、刑務所長としてもこれを尊重しなければならないものであつた。従つて被控訴人の本件文書閲読の必要性は、自由権に基づく場合よりも更に権利として加重されているというべく、刑務所長としては、かかる観点から被控訴人に限つて閲読させるべきか否かを判断する必要があつたところ、控訴人は、(ア)被控訴人自身の逃走を誘発する、(イ)被控訴人自身が報復心を起す、(ウ)被控訴人から他の受刑者へ文書が流れる、(エ)被控訴人が本件文書を持つていることが噂となつて伝播するなどの蓋然性があつたので不許可にした旨主張し、<証拠>によると、被控訴人は当時昼夜独居拘禁の身ではあつたが、他の受刑者につき独居房からの逃走の事例もあり、また衛生夫(受刑者)を通じて物の授受をする可能性がないとはいえないことが明らかであるが、<証拠>によると、被控訴人は爆発物取締罰則違反等の罪により懲役八年の刑に処せられ、昭和四七年三月三一日より刑期起算、同年四月五日より岐阜刑務所に入り昭和五四年七月一九日刑期満了となつて出所したこと、本件傷害事件は昭和五一年五月二八日発生し、その第一回公判期日は昭和五二年一〇月二五日に予定されていたこと、当時被控訴人は本件傷害事件の動機・原因を部落出身者に対する差別にあるとし、公判廷でそのことを主張する気構えに満ちていたことが認められるから、当時の被控訴人固有の状況としては、公判を回避するためあと一年余に迫つた刑期満了を待たずに逃走するとか、公判廷における部落問題に関する正当性の主張を台無しにするような目撃証人への報復といつた虞れは少なく、障害発生の相当の蓋然性があつたとはいえないことが明らかであるといわねばならない。また前記(ウ)(エ)の虞れは被控訴人が本件文書を長期間にわたり自室で保管・利用することを前提として始めて予想されることであつて、<証拠>によつて認められる収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程(昭和四一・一二・一三矯正甲一三〇七法務大臣訓令)第二三条に規定されている図書及び新聞紙以外の文書図画(本件文書はこれに当ると解する)の取扱については、その所の実情に応じて所長が定める旨の基準に従い、例えば閲読場所を指定する、閲読時間を限定する、不相当部分を切取り分離するなど防禦権行使以外の目的に使用させないための適宜の条件を付して仮下げを許すことで十分その障害を回避することができたといわねばならない。すると同所長が被控訴人に対して、かかる条件付許可を考慮することなく、防禦権の行使としての閲読をも全面的に不許可にした判断には合理性を欠くとの疑問があり、その制限の要件並びに制限の程度・範囲にかかる判断を直ちに適法なものとして是認することはできないというべきである。
控訴人は閲読の許否は刑務所長の裁量判断に委ねられているからその判断は尊重されるべきである旨主張するが、その判断が合理性を欠くと認められるに至つたときは裁量権の範囲を逸脱し違法になると解するのが相当であるから右主張は採用できない。そして本件刑務所長に過失があつたと認められることは原判決二六枚目表二行目から同裏一行目までの理由記載と同一であるからここにこれを引用する。
三そこで次に被控訴人が蒙つた損害につき判断するに、当裁判所もその損害額は慰藉料一〇万円、弁護士費用五万円合計一五万円と認定するところ、その理由は次に付加するほかは原判決二六枚目裏二行目から二九枚目表三行目までの理由記載と同一であるからここにこれを引用する。但し同二六枚目裏六行目「仮出し」、同八・九行目「仮出し」、二八枚目表一〇行目「閲読と閲読のための仮出し」をいずれも「仮下げ」と改める。
控訴人は手続経過並びに防禦活動の実態からみて、また約一か月後の昭和五二年一一月三〇日に本件仮下げ不許可処分が撤回されていることからみて、被控訴人には損害は生じていない旨主張するが<証拠>によると、昭和五二年一〇月一九日差入れられた本件文書の仮下げが同日不許可となり、次回面接日の同月二二日に被控訴人は弁護人と的確な打合わせができず、そのため同日開かれた裁判所における事前打合わせが実質的協議に入らないまま終り、同月二五日の第一回公判期日を迎えたこと、そのため被控訴人は、被告人の罪状認否は、本件書類の仮下げが不許可になつているためできない旨申立て、罪状認否をせず生育歴について陳述したこと、そして第二回公判期日として昭和五三年一月三一日が指定されたが、その間昭和五二年一一月三〇日に本件仮下げ不許可処分は撤回され、被控訴人は本件文書を閲読することができたこと、右の如く被控訴人は本件不許可処分によつて第一回公判期日を充実したものにすることができず、本件不許可処分に対応するため弁護人ともども時間・労力を割かざるを得なかつたことが認められるから、本件不許可処分後、弁護人と接見することができた事情を考慮しても、本件事案のもとでは損害不発生ということはできず、迅速な裁判を受ける利益ないしは刑事裁判における実質的な防禦権を侵害された損害があつたと認めるのが相当である。控訴人の右主張は理由がない。
四以上によると、被控訴人の本訴請求を右認定の限度で認容した原判決は相当であるから本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官山田義光 裁判官井上孝一 裁判官喜多村治雄)